当時ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーという名門ブランド同士のグループの合弁計画か秘密裏に進行。87年6月には、その発表で人々を驚かせた。その目的は、互いに乗っ取りを恐れての予防策にありました。アンリ・ラカミエ(ルイ・ヴィトン)、アラン・シュバリエ(モエ・ヘネシー)の、どちらの経営トップもフランス財界の重鎖です。一方アルノーは、87年末から密かにLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)の株を3%手に入れていました。シュバリエに経営の主導権を握られることを恐れたラカミエはアルノーに話を持ちかけ、この段階でアルノーは22%の株式取得に成功します。同時にラカミエと対立するシュバリエ側か協定を結んでいたギネス社(ギネスブックで有名)へのアプローチを試み、ジョイントでの持ち株会社を設立してLVMHの最大株主となることでクループ全体を掌握するという、まさに魔法のようなトリックプレーを見せたのです。モエ・ヘネシー・グループはコニャックやシャンパンのトップーブランドを所有し、その傘下にはディオールの香水部門、ジバンシイ・クチュールと香水部門、スペイン以外での口工べの販売権を持っていました。さらには一流品のシンボル的存在ともいえるルイ・ヴィトンがこれに加わるという贅沢なラインナップ。ここにアルノーがもくろんでいた一流品ブランドのコングロマリット、すなわち“アルノー帝国”がその姿を現すことになったのです。